試金石

先日は年に数回の『パンこね・パン焼き』だった。
自然の恵み、自然の力をお借りして、自分で天然酵母のパンを作る。
自分で考えて工夫してを、何度も何度も何度も繰り返す2日間。
発見と反省は、次回のパンこね・パン焼きに反映されていく。
自分のパン生地をこねて、家で一晩発酵させる。
次の日、自分で見つけた木の棒に、パン生地を巻き付ける。
薪と焚き付けを組み上げて、自分たちで焚火を作り、棒パンを焼く。
おいしいパンを焼きあげる為にはそれ相応の時間が必要。
だが、煙はやっぱり目に染みる。
熱風は容赦なくその身に吹きつけてくる。
あっくん(年長)は突然「僕は置いてみよう」と言って、
火の上に自分のパンを置き、少し離れた。
暫くの後、棒を半回転させて裏返し、また少し離れた。
みるみる炭化していくパン…。
そこへやってきたりょうくん(年長)が、あっくんのパンを見た。
「あっ、誰かのパン、焦げてる!」
慌てて飛んでくるあっくん、棒を持ち上げてパンを火から出そうとするが、
棒も燃えているので、あっさりポッキリ、パンは火の中に残された。
あっくんは泣かず、大人の目も見ず、静かに火ばさみ(何故か短い方)を手にした。
りょうくんも別の火ばさみ(長い方)に手をかけた。
あっくんは「りょうくんは、やらなくていいから」と静かに言った。
最初にあっくんがパンを取り出そうとしたが、失敗。
次にりょうくんが試みて、成功
さて、どうやってこのパンをあっくんに渡そうか?
火ばさみから火ばさみへと、小さなパンを空中でリレーするのは難しい。
かといって、丸焦げでもパンはパン。
土の上には決して置こうとはしないりょうくん。
結果、パンをキュッと挟んだままのりょうくんの火ばさみと、
あっくんの短い火ばさみが交換された。
しかし、あっくんはパンを落としてしまった…。
あっくんの火ばさみが長い方に代わったので、
りょうくんは「自分でやって」とあっくんを促した。
次なる挑戦で、あっくんはパンを取り出した。
そろりそろりと歩いて移動し、
火ばさみのパンをバケツの水につけた。
暫くの後、パンの焦げをぺりっと剥がして、口にいれた。
遠くからは1人の子が飛んできた。
「どうしたの?」
「失敗しちゃったんだ」
「僕のあげようか?」
「いい」
その子は去り、また別の子が飛んできて、同様の会話が3回程繰り返された。
じっくりと、そしてしっかりと、
静かに事柄を受け止めて、苦さを深く味わって、自分と向き合っているうち、
まるで堰を切ったかのように突然、
「失敗しちゃったぁぁぁぁ!!」と大粒の涙をこぼし始めた。
すぐさま中島先生が飛んでいって、あっくんの気持ちをしっかりと受け止めてくださった。
先生がパンを割ってみると、中の方はまだ白かった。
失敗しちゃったけど、失敗だけじゃなかった。
「失敗しちゃったね」(うん)
「嫌だったね」(うん)
「頑張ったね」(うんっ!)
先生の言葉に大きく頷いた。
心の真ん中に、『頑張った』という事実が確かに据わっていた。
それから時間をかけて、自分のパンをちょっとずつ食べ、遂には完食。
食べ物を大切にする気持ちも、ちゃんと育っていた。
(※腹痛などの不調はありませんでしたのでご安心ください)
パンを焼く事に対して尻込みを続ける年少さんにも、
「もったいないよ」「焼いて食べてほしいな」と静かに諭していた。
これまで何度も、失敗からは泣いて逃げ、助けてもらっても恩知らず。
全然育ってないっっ!!と思っていたら、この魔法のような時間が私の目の前に訪れた。
なぁんだ、成長していた。
頑張れる人だった。
ちゃんとしていた。
今まで不安に感じていたことのひとつひとつに、大丈夫だ、大丈夫だと安心できた。
この先何度も、子育ての困難に直面するだろうけれども、
この日のあっくんの頑張りを『お守り』にして、確かな勇気をもって私は乗り越える。
『森のかみさまに白いパンを捧げると、真っ黒なパンが与えられたそうな…。
しかし、その黒い塊は、実はなんと、試金石だったそうな…』
年長保護者 広報係 オギノチエ